皆さんの力で地元の絵を修復しませんか? 

大切な文化財を後世に残しましょう!!!

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■山下清 修復プロジェクト 横浜市立浦島小学校

2012年5月横浜美術館特任研究員(当時)猿渡紀代子氏から横浜市立浦島小学校に「山下清のペン画」があるが、保存の状態が悪く校長先生が心配しておられるとのご相談をいただきました。

 

NPOは早速作品の調査を行い修復に必要な予算を見積りました。ところが見積費用が予想より大きかった為、浦島小学校に係る皆様や一般の方々のご好意を得て修復する方法を提案いたしました。

2012年11月23日募金開始

浦島小学校の行事「玉手箱発表会」の開催に合わせて募金を開始し、募金箱の設置やPTAの協力を仰ぎました。又、事前に横浜在局の報道機関に協力を依頼し、神奈川新聞(11/22),朝日新聞(11/23)にこの募金の記事も掲載されました。

この結果、新聞を見た、との反応がすぐにあり多くの方々からの寄付の申し入れがありました。

よって、2013年1月の時点で寄付金は目標額に達しました。

この後、作品を修復し2013年5月17日学校行事に合わせ一般公開いたしました。

このプロジェクトはNHKにも取り上げられ、公開の模様は読売新聞(5/18)、朝日新聞(5/18)にも掲載されました。

作品について

昭和43年当時、山下清の作品展が全国各地で催されており、山下清は都合のつく限り作品展に顔を出していました。そして、その合間に暇をみつけては必ず各地の養護施設や身体障害学級のある小中学校を尋ねては、絵を描いてみせ子供達を励ましたと云う事です。全国300校ほど巡り、その一つが浦島小学校でした。浦島小学校は昭和36年に特殊学校を設立しています。

この様子は写真に写っている、当時、山下清と一緒に全国の学校を一緒に巡った方からのお話です。

 

当時、学校を訪れ子供達の前で絵を描く山下清と一緒に巡っていた方。それを見ている子供達。

山下清

大正11年3月10日生まれ、昭和9年に「八幡学園」に預けられる。一人一人の個性を見極め、才能を伸ばしていく教育の中で”ちぎり細工"に出会い、これに没頭し才能を発揮。18歳の時に八幡学園を後にして14年間日本中を放浪していたことで知られる。驚異的な記憶力の持ち主で先々の風景の記憶を基に描くスタイルであった。 昭和46年7月12日(49歳)没

浦島小学校のペン画

修復前

修復後