助成:横浜市地域文化サポート事業・ヨコハマアートサイト2019に採択されました。

NPOスタッフや横浜絵画教室の生徒さんが訪れた素敵な場所を

ご紹介しています

Giotto di Bondone ジョット・ディ・ボンドーネ 1265-1337

Madonna in trono col Banbino fra angeli e santi "Maesta di Ognissanti"

Madonna and Child Enthroned with Angels and Saints"Ognissanti Maesta"

荘巖の聖母

L’opera proviene dalla Chiesa di Ognissanti a Firenze, officiate dai frati Umiliati.

Il tema della Madonna in trono con angeli e santi(Maesta) e profondamente rinnovato dal naturalism con cui sono resi i corpi e la raffigurazione dello spazio.

Per olte un secolo la composizione rappresento un modello di ispirazione per i pittori fiorentini.

Giunta alla Galleria dell’Accademia nel 1810, e agli Uffizi dal 1919.

 

 

This panel came from the Umiliati friars’ church of Ognissanti in Florence.

The naturalism of space they inhabit mark a thoroughly new approach to the theme of the Madonna Enthroned with Angels and Saints(Maesta). In fact the composition was a sources of inspiration for Florence artists for over a centry.

The painting entered the Galleria dell’Accademia in 1810 and the Uffizi in 1919.

 

 

この作品は、フィレンツェのオムニサンティのUmiliati修道士教会からきたものです。

自然主義の中に存在する天使と聖人に囲まれたマドンナ(マエスタ)のテーマは、まったく新しいアプローチを示しています。実際、この構図は、1世紀以上にわたってフィレンツェのアーティストのインスピレーションの源でした。

絵画は1810年にアカデミア美術館に、1919年にウフィツィ美術館に入館しました。

 

 

 

 

 

 

 


Duccio di Buoninsegna ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ 1255/1260-1319

Rucellai Madonna

ルチェライの聖母

L’9pera,la piu grande tavola dipinta eseguita delXlll seccolo oggi nota,fucommissionata nel 1285 al pittore senese Duccio di Boninsegna dalla comfraternita dei Laudesi,un’associazione di fedeli che si riuniva nella Chiesa di Santa Maria Novella a Firenze per cantare le lodi alla Vergine.La cornice e decorate con figua di santi.Il nome di “Madonna Rucellai” con cui e nota, deriva dal patronato della cappella nella quale fu sistemata alla fine del Cinquecento.

In deposit dalla Chiesa di Santa Maria Novella a Firenze. Agli Dffizi dal 1948.

 

 

This picture, the largest of the 13th century, was commissioned by the Laudesi Confratemity from Sienese painter Duccio di Boninsegna in 1285. The Laudesi were a confraternity of faithful who met in Santa Maria Novella in Florence to sing the Virgins praises. The frame is adorned with figures of saints. The nameRucellai Madonna, by which the picture is commonly known, is simply a result of its transfer to the Rucellai family chapel in the late 16th century.
On permanent loan from the church of Santa Maria Novella in Florence, the painting entered the Uffizi in 1948.

 

 

この絵は13世紀最大のもので、1282年にラウデジ会よりシエナの画家デュッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(1278-1311)に依頼されたものです。
ラウデジ会はフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会で出会った讃美歌を歌うための忠実な仲間です。フレームには聖人の像が飾られています。「ルチェライの聖母」という題名は一般的に知られていますが、16世紀後半にルチェライ家の礼拝堂に移された事が由来となっています。
サンタ・マリア・ノヴェッラの為に描かれたこの絵は、1948年に永久にウフィツィ美術館に飾られる事になりました。


Cimabue (Cenni di Pepo) チマブーエ(チェンニ・ディ・ペーポ) 1272-1302

Madonna in trono col Bambino fra angeli e profeti"Maesta di Trinita"

Madonna and Child Enthroned with Angels and Propherts." Santa Trinita Maesta"

天使とサンタ・トリニタの聖母子

Proveniente dalla Chiesa vallombrosana di Santa Trinita a Firenze, il dipinto e riferito fin dal XVI secolo a Cimabue, il piu importante pittore fiorentino del XIII

Secolo, attivo oltre che in Toscana, a Roma ad Assisi e a Bologna. E’riconducibile alla tarda attivita del maestro e risente del naturalism della pittura del giovane Giotto e di Duccio del Boninsegna. Le iscrizioni sui cartigli sono allusive ai misteri dell’Incarnazione e della Verginita di Maria.

 

This painting, originally in the Vallombrosan church of Santa Trinita in Florence, has been attributed since the late 16th centry to Cimabue, the most important Florence painter of the 13th century, who worked not only in Tuscany but also in Rome, Assisi and Bologna. One of the artist’s later works, the picture is influenced by the naturalism of the young Giotto and of Duccio di Boninsegna. The inscriptions in the scrolls allude to the mysteries of Christ’s Incamation and of the Virginity of Mary.

 

 

フィレンツェのサンタトリニタのヴァロンブロサン教会にあったこの絵は、16世紀後半からはチマブーエ(1240-1302)の作とされている。この画家は13世紀の最も重要な画家で、トスカーナだけでなく、ローマ、アッシジ、ボローニャでも活躍した。この作品はチマブーエ晩年の作品の一つであり、若いジョットやドゥッチョ・ディ・ボニンセーニャの自然主義の影響を受けています。巻物の碑文は、キリストの受難と聖母マリアの謎を暗示しています。

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古代ギリシャの"古典"芸術は、古今東西から芸術の理想とされてきましたが、これは、古代ローマにおいても例外ではありませんでした。イタリアの美術館にいくつもある古代ローマ時代の彫刻は、古代ギリシャ時代の模倣をしていることが、はっきりとわかります。このように、古代ローマ人が古代ギリシャ芸術をいかに愛していたかがわかります。

もともと、ローマ帝国は地中海全域、果ては現在のUKまで支配していました。その後、紀元後4世紀に【ゲルマン人(蛮人=バルバリ人)の大移動375年】が始まりローマ帝国へと侵入してきました。395年にローマ帝国は東西へと分裂し、その後、西ローマ帝国はゲルマン人の侵入と他理由により滅亡します。

一方東ローマ帝国は西ローマ帝国が滅亡した事によりローマ帝国を継承する形となりましたが、支配する地域はバルカン半島と小アジアとギリシャ人地域でした。その為、東ローマ帝国はギリシャ化が進み、ヴィザンツ帝国と呼ばれるようになりました。

そして、中世の芸術の中心はイタリアではなく東ローマ帝国の首都ヴィザンティウムであり、イタリア美術に多大な影響を与えました。ルネッサンス前までのイタリアにいた芸術家たちは、チマブーエ、ドゥッチョなど皆ヴィザンチン美術の基礎を学んでしました。しかし、その後1300年代に入りジョットの兆しが見え始めたルネッサンスには、ヴィザンチン美術から離れギリシャ・ローマの古典主義的芸術が見られるようになりました。

 

このような移り変わりは絵や様々な建築物にも見る事ができます。

1000年代に建てられた、サン・ミニアート・アルモンテ教会はファサードにはヴィザンティン美術の典型的なモザイク画がありますが、扉の上のアーチ型の装飾や三角屋根のようなティンパスムはギリシャ・ローマの建築によく見られるものです。

 

こちらの教会は、昨年紹介したMuseo Bardiniの前を通って少し歩いて右に曲がるとミケランジェロ広場へ続く階段が出てきます。ここを上りきった目の前の横断歩道を渡ってさらに少し登ったところにあります。ここからの眺めは夕暮時が綺麗ですので、15時30〜16時頃に敷地内のFarmaciaも開くので、その頃に訪れると良いかもしれませんね。

 

私が訪れた時は、雨は降りませんでしたがおっそろしい色の雲がかかっていて写真がイマイチですね。。 22 maggio

 

San Miniato Al Monte

住所: Via delle Porte Sante, 34 Firenze
電話番号:+39-055-2342731

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2019年5月にイタリア研修へ行ってまいりました。修復のご報告は現在準備中ですので、お先に町の教会など♫

 

最初はBasilica di San Marco ドメニコ会サン・マルコ修道院(美術館)です。フラ・アンジェリコの壁画が沢山ある事で有名ですね。

1450年頃に描かれた「annunciazione(受胎告知)」は下の方に

【この前を通って汚れなき聖処女の御姿を仰ぐ時、アベマリアを唱えることを忘れぬように】

と書かれています。

 

ここは閉まるのが早いので、朝の静かな時間がオススメです。Maggio 2019

 

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フィレンツェ中心部からバスで20分ほどのところにあるメディチ家別荘(Villa La Petraiya)です。

とても素敵な建物と案内の方のお話も楽しくcute!! オススメです!!

この地下はEdileという修復の学校になっています。Febbraio 2018

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フィレンツェS.M.N駅から電車で20分行ったところにプラートという繊維業で有名な町があります。

この町のとても大きな修復会社Pacnti S.p.Aを訪れました。

この会社はウフィツィ美術館の外壁や現在修復を行っているパレスチナの聖誕教会なども手がけています。写真のアーチ型の大きな絵はフレスコ画Filippino Lippiの"Death of Laocoon"(ラオコーンの死)です。写真左が実物で右側がレプリカントです。今後は保存の為に、実物は内部に保管されレプリカントが外壁にはめられるそうです!! Febbraio 2018

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研修中のわずかな余暇に生徒さんが撮った写真です。フィレンツェ名物ビステッカもありますね〜研修最終日のお昼にはイタリアのアシスタントさんが家庭料理を作ってきてくれました。Febbraio 2018

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こちらは、中心地からすこーしだけ離れているので、行く方が少ないかもしれませんね。

Museo Stefano Birdini です。

ここは、Stefano BirdiniというArezzo(アレッゾ)出身の古美術商の邸宅だった所です。Arezzoは毎月町中がアンティークマーケットになる事で知られており、又、映画「Life is beautiful」のロケ地としても有名です。博物館では重厚な彼のコレクションを見る事ができるのですが、これらは、1920年の彼の死後に財産の全てをフィレンツェ市に寄贈された事から今に至っているそうです。何と!!結婚式も挙げられます!!

私達のイタリア人の友人もここで挙げたそうです。

 

*ちっちゃく書きます。ここ、人気のない夕方はちょっと怖めなので。。数人で行く事をお勧め致します(笑)

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現在、明治150年の特別イベントを実施している迎賓館赤坂離宮です。参観に加え講演も聴講することができます。

https://www.geihinkan.go.jp/akasaka/akasaka_news/meiji150/

Guigno 2018